2012年3月26日月曜日

今夜は Read It


これを観に行くだけでもローマに行く価値があると私は思う、
ミケランジェロ『ピエタ』・・!
私がこれまでもっとも心を揺さぶられた芸術作品です

サン・ピエトロ大聖堂に入ってすぐ右手に人だかりがあります。
そこに、そこだけは防弾ガラスで守られたミケランジェロの『ピエタ』があるのです。

誰もがまず、このマリアのあどけない美しさに心を奪われるはず。。
そしてその胸に抱く死せるキリストの身体はまるで少年のようで。。
マリアの衣の襞が落とす影も完璧に計算されていると言われる、
"神のごとき人"ミケランジェロ弱冠24歳の傑作です。

『ピエタ』とは『悲哀』という意味です。
息絶えて十字架から降ろされた息子イエスを胸に抱き、
哀しみに暮れる聖母マリアの様子を描いたものです。

この主題はそれまでも数々の芸術家が扱ってきましたが、
マリアをこれほど若く表現した人はミケランジェロが初めてでした。
このときのマリアの実際の年齢は50歳に近いと推測されており、
過去の作品のほとんどが、まるで老婆にも見える年配の女性として描いてきました。

マリアのこの若さについてミケランジェロは、自身の伝記作家であるコンディヴィに
純潔さゆえ永遠に瑞々しく、そしてそれは神のなせる技なのだと説明しています。
これはミケランジェロも愛して読んだ、ダンテの『神曲』の影響もあるようです。

『聖なる御技』に支えられてはじめて、聖母の処女性、永遠の清浄さを
世に証しているのだということだ。

(コンディヴィ『ミケランジェロ伝』高田博厚訳/岩崎美術社)


マルク·シャガールは、芸術家になった理由

しかしイエスについては、
むしろその逆だったのだ。
-(中略)-
普通の人間が踏まなければならぬ、罪悪以外のすべての則(みち)に従われた方として、
現したかった。身に備えられた神聖さのゆえに、人間であることを隠してはならず、
かれ一生の道程、かれの運命のままにしておく必要があった。

(同『ミケランジェロ伝』)


そのため実際の年齢(33歳くらいと推測されています)として表現した、と。

マリアの頭を頂点とする安定した三角形の構図はルネサンスそのものです。
ここだけが、聖堂内に溢れているバロック独特の高揚感とは距離を置いた、
静謐な空気に包まれています。
まるで時間が止まったかのように、静かに、心に染み入る悲しみをたたえています。
マリアの深い悲しみが帳のようにイエスの身体を覆っています。

同じ石から彫り出されているはずなのに、
マリアには温もりがあり、しかしイエスにはそれを感じさせません。
明らかに命の炎の消えた、残酷なまでな冷たさ。。。
一方でイエスのその顔は尊厳に満ちており、穏やかです。

イエスの身体の筋肉、浮き出た血管、まだ今にも動き出しそうな右手の指と
逆にもう動くことなど想像できない力なくマリアの腕にしなだれる首の対比。。
マリアの衣の重ねた襞が持つ堂々とした重厚さ。。

冷静な見方をすれば、マリアの身体に対してイエスの身体は小さすぎます。
そもそも女性の膝の上で成人した男性の身体を抱くことなどできません。
でもミケランジェロはやってのけています。
誰にも何も言わせないほど完璧に。


ボックスで、上位3作品は、今週は何ですか

ミケランジェロはこの作品に唯一署名しています。
マリアの肩から掛けている帯に、『フィレンツェ人ミケランジェロ・ブォナローティ作』と。
ミケランジェロの署名の入った作品は後にも先にもこの『ピエタ』のみです。
理由についてはいくつか説があるようですが、
よく語られる、この作品が他人の手によるものだという噂に憤慨して、、という
ヴァザーリ(『芸術家列伝』著者)の話は、
初版では彼はそうは書いていなかったようなので、後付けではないかとの説もあります。

作品への愛、フィレンツェへの愛と誇り、そして情熱的な若さゆえに、、、
などと私は勝手に思ってますけど。。^^
これ以降苦悩の道を歩むミケランジェロにも、
こういう時期もあったと思いたいからかも。。。

また、マリアの衣の裾からは裸足のつま先がのぞいています。
これが一部で物議を醸し出しました。
実はマグダラのマリアとして作ったのではないかというものです。

マグダラのマリアとは、あのベストセラー本『ダ・ヴィンチ・コード』の中で
イエスの妻とされていた女性です。
聖書の中でも重要な人物であり、あまりに崇高な存在である聖母マリアと比べ、
芸術家たちにとっては題材にしたくなるような人間的な(ある意味スキャンダラスな)
魅力に溢れた聖人です。
過去の常識の中に、作品の中で裸足で描かれたブロンドの美しい女性がいたなら、
それはマグダラのマリアと決まっていました。
聖母マリアがその足を見せることはそれまでにはなかったのです。


教養の低い人は、次のように見えたもの

もっとも、キリスト降架の場面にマリアがいたと書かれている福音書はなく
(唯一、『ヨハネによる福音書』だけが磔刑の場のそばにいたと書いている)
4つの福音書に共通してその場にいたことが書かれている女性はマグダラのマリアだけなので
これもマグダラのマリアだ、という話も一理あるとも思うし、
なぜミケランジェロがこのピエタで聖母マリアの裸足のつま先を見せたのか、
いずれにしても真意は本人でなければわかりませんが、
でも信仰のもとには、それは無意味な詮索な気がします。
ミケランジェロは信仰に厚い人でした。

ミケランジェロはピエタを作ってほしいとの依頼を受けて受諾し、
その契約書には保証人となっている銀行家が、それはローマでもっとも美しく、
誰もそれに優るものは作りえないものになるだろうと書いています。

ミケランジェロは、その上でこれを彫り上げたのです。
だから『ピエタ』は聖母マリアでなくては。。
と、私は思いますけど。。

そこにはミケランジェロが6歳で失った母の姿を見ていたかもしれません。

この麗しい聖母マリアとイエスの像は、ローマどころか世界でもっとも美しく、
誰もこれに勝るものは作りえないと私は思っていますw
"神のごとき人"を越えるのは、もう人間ではないのですから。

ミケランジェロがこの像の依頼主と契約したのは1498年ですが、
同じ1498年にレオナルド・ダ・ヴィンチがあの傑作『最後の晩餐』を
ミラノで描き上げています。

『ピエタ』のマリアの左手の表現は、『最後の晩餐』のイエスのそれと似ており、
レオナルドの影響が見て取れるという話は納得できます。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』1498年


同部分

また、特にマリアの衣の表現については、
レオナルドの師であるヴェロッキオの影響も大きいと言われています。


ヴェロッキオは下に挙げた『聖トマスの不信』で、
それぞれの着ている衣の襞によっても2人の心の対比を表現していると聞いたことがあります。
イエスは堂々と重厚に、トマスは心の動揺を映して細かく。
つまりイエスのドレープは厚くゆったりと、トマスは軽く(薄く)しわくちゃ、
といった感じでしょうか。

ヴェロッキオ『聖トマスの不信』1476-83年
(十二使徒の一人聖トマスが、イエスの復活を『あの方の傷跡にこの手を入れてみるまで
信じない』と言った話を描いている)

ちなみにこの彫像は、フィレンツェのオルサンミケーレ教会の外壁にありますが、
この教会はドゥオモとシニョーリア広場(ヴェッキオ宮殿、ダヴィデのコピーなどがある..)
を行き来するときに必ず通る道沿いにあるので、ぜひ観てみてください♪

そういう見方をすると、ミケランジェロの『ピエタ』もそう見ることもできるかも。。

マリアの上半身の着衣のしわは(主に帯によって)大変細かくなっています。
心の動揺を表しているのかも知れません。
しかしイエスの身体を支える下半身の襞は、先にも書いたように堂々として重厚です。
それはイエスの威厳を示すものなのかもしれません。
あくまで私の感じたままですが。。。

衣の表現の扱い方に非常に関心を払った師の影響は、レオナルドにも受け継がれました。
レオナルドは何点かの衣服の襞のデッサンを残しています。
ミケランジェロにも影響を与えていたのかもしれません。

しかしミケランジェロにとってその頃もっとも気にかけていたのは、
混乱のさなかにあった故郷フィレンツェのことだったでしょう。
話がフィレンツェの歴史になってくるので省略しますが;

ミケランジェロの心中はいかに。。。
もしかしたら署名の理由はそんなところにあったかもしれない。
フィレンツェを愛し、フィレンツェ人であることに誇りを持っていたミケランジェロ。


しかし芸術とそれにかける情熱は、故郷を憂いながらも、
ミケランジェロの中で何より優先されたのかもしれません。
ときにその行動がフィレンツェの人々に理解されなかったとしても。

ロランはここをたった一行で表しています。

ミケランジェロは沈黙している。けれども『ピエタ』を彫刻する。

(ロラン「ミケランジェロの生涯」高田博厚訳/岩波文庫)



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